3rd氷帝のはなし。

3rd氷帝がすごい。

 

※本当はドリライ前に投稿しようと思って下書き保存してたやつを今投下してる…(2017年5月30日)


いや、前々からずっと思っていたのだけど先日のチムライことTEAM LIVEを観て改めて感じたので今の自分の中の気持ちをスッキリさせるためにもこうしてブログを書いてる。

この「凄い」が指すのが、過去の1stと2ndがそうでも無かったと言いたいわけでは無い。テニミュで言えば3回目、原作、アニメ、を含めれば同じ話を5回我々は目にする機会があったにも関わらず未だに新しい要素の氷帝を観れることが「凄い」ということ。だからきっと4thがあれば「4th氷帝が凄い」って言う未来があると私は確信している。この感覚って別に氷帝に限ったことではないし、新しいシーズン、キャストになる度皆感じているある意味テニミュにとっては当たり前の要素ではあるだろうけど、よくよく考えたらとても凄いことなんじゃないかな、と。

 

 

少し話が逸れたついでに、さも全てを観てきたかのようにブログに記事を書いていると思われても大変申し訳ないので最初に説明させてほしい。映像で断片的に1stを観たことはあるけれど、生でテニミュを観劇したのは2ndの途中から。2nd氷帝としてはドリライ2013からなので色々間違っていてもそっと目を瞑ってほしい…。

だからホンッッットーに超個人的な意見をつらつらと書いているだけなので「へぇ~」って感じで読んでくれるととても嬉しい…とても。

今更ですが途中でモヤモヤしたマイナスの意見も吐き出しているので以降は自己責任でお願いします

とは言いつつ、原作・アニメ自体は連載当初とは言わないまでも、十数年読んで見てきたのでテニスの王子様ファンとしては…そこそこ長い部類に入るの…かなぁ。ファン歴の長さが愛の大きさでは無いと思っているのでそこは割愛。ただ、ときどき「アニプリオリジナルの…」「最強チームが…」とか懐かしい話をし出すけれどそこは許して(十年以上前の作品ですよ、信じられる…?)。

 

 

遅れて2ndテニミュ(観劇)のドアを叩いたのもあるが、燃え尽き症候群と言う名の2ndロスとなって気がついたら3rdが始まってた。今でもあの切り替えの早さは公式鬼畜かよって思った。ドリライ2014の時期にもう3rdの話題出てなかった? 

ただ、原作推しだしミュージカルというコンテンツが好きなので、幸か不幸か私をテニミュ沼に突き落とした友人(幸村推し)と一緒に「とりあえず1回は観る」スタンスを取る事にした。途中、山吹の喜多一馬という男に落ちるとは私全く予想してなかったんだけども!(チケット増やした)。

 

で。ようやく本題。氷帝。推しキャラがいる推しの学校。Twitterのアイコンでお察しの通り跡部景吾が推し。最近氷帝学園3年A組に編入しました。

3rd氷帝…当時はキャスト発表後にTLに流れてくるプロフ詳細まとめ的なツイートを見ながら「超」踊れる跡部景吾が観れるかもしれない、推し校公演、という事あり前公演と比べてチケットを抑えていたと思う。ただ、2ndの時と比べて平日公演のチケットは取らなかった。社会の荒波に揉まれるようになったからだ。

関東氷帝初日公演、幕間の感想ツイが凄かった。私の周りのフォロワーさんは2ndロスでいっぱいだったのでそもそも3rdを観ていない人が多かったのだけど、それでもRTで「3rd氷帝がヤバイ」という文字が目に入って来た。一体何がおきたのか、と。実際私も生で観劇した時には「3rd氷帝やばい。校歌やばい」「しなやかに踊る跡部くん尊い」とか口に漏らしてたと思う。あと完全なフラグでしかないのだけど、「宍戸さんやばい」と言ってたらしい(友人談)。跡部くんにシャカブン躍らせた人最高かな?って思ってる。ちなみに友人(幸村推し)は「滝さんやばい」って滝さん定点カメラになってた。

期待よりも遥かに上回る満足度で関東氷帝は幕を閉じた。いつの間にか2ndロスのフォロワーさん(氷帝推し)達もTSC会員に戻って来た。おかえり沼へ!

 

 

しかし時に残酷に自分の中の理想とは違った現実を観ることがある。

大袈裟に書いたけれど、次の六角公演がそうだった。東京公演を観た後に私の中でどうしても拭いきれないモヤモヤが生まれてしまった。跡部推しのフォロワーさんと「バレエ推しすぎ」について話したことがある。制作の意図はわからない、けれどもしかしたら、私達が「関東氷帝跡部のバレエ要素がすごい」と絶賛したから次もこの要素を入れよう、ファンが喜んでくれるから、とあの演出にしたのではないかと今でも思う事がある。

 

 

キャストが踊れるからこそ取り入れたのかもしれない。ただあそこまで全面的にバレエ(本当のそれとは違うかもしれないけど素人目からしたらバレエだと認識した)を押しだされると「お、おう…(テニスどこいった)」となった訳で。キャスト本人がどう感じているか本人にしかわからないけれど関東氷帝の挨拶でも、彼のキャラクターに対するアプローチの仕方を観ても、本気で跡部景吾を演じてくれているのが伝わっていたのでここでわざわざキャストに近い要素をキャラに持って行く必要があるのかという疑問があった。

 

 

 

更に付随して新曲の一節に「神が創りし マスターピース」という歌詞がある。素敵な歌だと思った。だけど一方で3rdの跡部景吾との解釈違いが生まれた。

スターピース [5] 【masterpiece】
傑作。大作。マスターワーク。

彼のテニスは完成している訳でもないし、天才ではなく努力の人なのでマスターピースという言葉にひっかかりがある。派手に見えるテニスだが、体力勝負こそが彼の真骨頂なのではないか、と。

2ndまで歌っていた「鏡の中の俺」と曲の流れは同じで跡部がソロで歌った後、全国出場の可能性があると聞きつけた氷帝テニス部が駆けつけ、Ⅱを歌うという流れだ。ただこの「水面のナルシス」は氷帝全員で歌う曲としてふさわしいのか? というか、この曲はむしろ関東氷帝の「跡部のアリア」よりも跡部ソロに近い曲なのではないか、と。(アリアは手塚に捧げる歌って感じがする…)。

 

 氷帝とは関係なくなるけれど、九州に行った手塚が自撮りの写真を送って来るのかという疑問もある。そこは「油断せずにいこう」、「え、それ(文字)だけ?」を貫いてほしかった。LINEもどきスタンプに流行りの芸人ネタ(私が見た時はPPAPだったかな)を入れるのも勘弁してほしかった…。前者は原作に合わせてほしかった、という気持ち(携帯とスマホで世代変化しているけれど)。後者は後々残る円盤に流行が速すぎる芸人ネタを残してほしくない、数年後位に観た時に「このネタが流行ったのは…〇年前…ヒィ!」って残酷な現実を見たくない、という全く持って個人的な意見なので半ば冗談ではあるけれども。

 

芸人ネタと言えば、六角公演期間中に大晦日の例の笑ってはいけないアレがあったがために幕間の氷帝日替わりでサンシャイン池崎斎藤ならぬ「サンシャイン忍足」のレポが回ってきたし、私も凱旋で観た覚えがある。びっくりした。確かにサンシャインネタをやった彼は初代忍足を演じていたし、3rd氷帝の忍足キャスト発表の時期から初代みある、って言われていたけれども。あと東京公演と違って全員出てきて日替わりやるから超長かったびっくりした。緞帳降りてすぐ休憩入ろうと思ってたからさ!

こうしてモヤモヤを抱えたまま帰宅し、友人と語りながら3rdの六角公演(氷帝部分)に関しては「それはそれ、これはこれ」という結論に無理矢理持って行った。エンターテインメントのミュージカルとして楽しかった。水面のナルシスも素敵だったし、跡部のバレエも素晴らしかった。けれどどうしても原作からファンになった自分にとって、これは氷帝なのだろうかという疑問が出てしまっただけである。優雅に見えるけれど泥臭い氷帝のテニス部が好きだった、美しい表面だけの氷帝は真の氷帝じゃない…ちがうよ。3回目の舞台なのにどうして今更、こうなってしまったのかと。

 

 

 

でもちょっと待ってほしい。

その直後に一つの可能性に気が付いた。

このツイートの後に、こう書いてる。 

逆に私がいくら「氷帝はああ見えても泥臭いんだよ…」「プライドなんて捨てて全国に戻ってくるんだ」と話しても逆に不思議がられるかもしれない。

テニスの王子様という物語の中で、その瞬間をリアルタイムで観ることが出来る存在であり、テニスの王子様という物語を未知のまま観劇した場合のごく標準的な解釈3rd氷帝に如実に表れている。原作でいうこの話はこれで3度目の舞台化だというのにも関わらず、だ。

よくよく考えたら当たり前じゃないか。原作で、アニメで、1st・2ndで、何度も同じ話は目にしてきた。いつしか原作への再現度が近いか、過去シーズンの要素は残っているか、という点に着目しすぎていた。だって、私がこの話を読んだ・観たのはず~~~っと前だから。何度も何十回も原作を読んで、アニメを観て、ミュージカルを観て、テニスの王子様」の初めから終わりまでを知っているから、氷帝テニス部は泥臭い部分もある、敗北からプライドを捨てて全国でのリベンジを誓って戻ってきた、とか 跡部景吾の真骨頂は体力勝負にある、と知っている(明言されずとも自ずと解釈してしまっている)。

でも初めての人は?いまや連載十数年が経ち、大きなジャンルとして公式が存在しているので忘れがちだが、誰しもが必ず「初めて」作品に触れる瞬間はある。原作の漫画かアニメか、はたまたキャラソン…そしてテニミュか。

テニミュが初めてのテニスの王子様だったら、関東氷帝戦まで戦ってきた学校よりも強豪で、部長は華やかで派手なパフォーマンスをして、そして強い存在だと感じるだろう。まだこの時点で立海の存在は殆ど判明していない。だからこの氷帝は「王者氷帝であり、元からの原作知識のある我々が抱くような「王者=立海」という式は生まれないのではないか、と。                                                       

関東大会初戦に苦しみながらも勝利した青学の次の相手は六角だ。

その物語の中にも敗者である氷帝の物語が描かれている。本来であれば氷帝の全国行きを決めた話は単行本の28巻(関東決勝立海戦後)に描かれているので、関東初戦氷帝と二回戦六角の間に描かれているのは時間経過が謎にはなるのだけれど。

原作では「短期間」で新技を収得する程の努力がされている描写が見て取れる。

但し、テニミュに関してはその「努力」の部分が明確には描かれていない。そのシーンはバスタイムだったり、今回のようなバレエシーンになっているのだけれども。

 

だからこの場合の「氷帝跡部、王様、200人越えの部員を携える強豪テニス部」断片的な知識だけでは私が先述した

「実は努力家で泥臭さがある」

「試合は結局体力勝負にもつれ込む」

「彼はまだ成長過程にある」要素を持つ跡部景吾なんて導き出せない。

 

なので、あの場面の「水面のナルシス」にある「神が創りし マスターピース」という表現自体は間違いではないのだろう

 

 

◆◇◆

 

2.5次元舞台として今やテニミュという演目は当たり前の存在になりつつある。

 

1stで2.5次元舞台の道を切り開き、

2ndで同作品の2週目という作品リピートの土台を造った。

3rdはこの道の土台を崩さないようにしながら、新しさを出す必要があるのだと思う。

 

どうしても思い入れのあるシーズンを何度も観たいという気持ちが募ってしまう。過去に固執することが悪い訳では無い。今でも何度も通った2nd氷帝のあの時間は最高に幸せな時間だったし、もう一度観たいとも思う。ただ、制作側が変化を求めなければきっとこのテニミュは衰退してしまうだろう。解釈違いの演出なら無くなってもいい!とは思わない。だってテニスの王子様が好きだから。そしてミュージカルテニスの王子様が好きだから。

物事には終わりが来るけれど、今はまだその時期じゃない。

私個人はなかなか変化に対応しきれないけれど、ゆっくり時間をかけながら答えを見つけ、時には離れても、戻ってくる場所が残っていたらそれほど嬉しいことは無いだろうと思っている。